産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 界面有機化学グループ

産業総合研究所

『環状ペプチドのさまざまな可能性』

~高機能ペプチド型界面活性剤開発に全自動パラレルペプチド合成装置「Syro I」を活用~

産業総合研究所

独立行政法人産業技術総合研究所の環境化学技術研究部門・界面有機化学グループは、バイオタージの全自動パラレルペプチド合成装置「Syro I」を導入し、ペプチド型の高機能界面活性剤開発に活用されています。ペプチドや糖をベースとした界面活性剤は、バイオサーファクタント(天然界面活性剤)と呼ばれ、従来の 1/100 ~ 1/10 程度の少ない量でも高い界面活性を示すという興味深い研究結果が得られています。ユニークな性質を持つ環状ペプチドのさまざまな可能性も含めて、界面有機化学グループの主任研究員である井村知弘さんにお話をうかがいました。

産業総合研究所─ 最初に、産業技術総合研究所と井村さんのご研究についてご紹介ください。

井村先生:
産業技術総合研究所は、本部を東京およびつくばに置き、研究拠点として北海道・東北・臨海副都心・中部・関西・中国・四国・九州と全国に地域センターを展開しています。研究職員だけで2200名以上おりますし、企業や大学からもおおぜいの研究員が来られています。

技術のデパートといわれるほどあらゆる研究分野をカバーしており、環境・エネルギー、ライフサイエンス、ナノテクノロジーなど6領域で構成されていますが、おもに大学の基礎研究と企業の応用研究の間を橋渡しするような役目を担っています。

そのなかで、私が所属しているのが環境・エネルギー領域にカテゴライズされている『環境化学技術研究部門』です。“化学”という名前のとおり、とくに環境問題に直結した化学技術の開発ということを意識して仕事をしています。

部門にはさらにいろいろな研究グループがありまして、私のいる『界面有機化学グループ』はおもに界面活性剤を研究対象としています。界面活性剤は100万トン規模の需要がある化学製品で、非常に汎用性が高く、洗剤のように家庭の身近なところから産業分野までさまざまな用途があります。その中でも私たちは、環境にやさしいだけでなく新しい機能を持つ界面活性剤を開発することを研究ターゲットとしています。

◆バイオベースの界面活性剤、環状ペプチドに脚光

産業総合研究所
産業技術総合研究所
環境化学技術研究部門
界面有機化学グループ
主任研究員 井村知弘先生

─ 界面活性剤は古くて新しい分野だといわれているそうですね。

井村先生:
古くて実績のある世界からこそ、往々にして産業技術の革新が生まれてきます。界面活性剤があらためて注目される理由として、バイオテクノロジーの応用で持続可能な社会に貢献するサステナブルな界面活性剤の開発に成功してきていることがあげられます。たとえば、微生物由来のバイオでつくる界面活性剤などはまさにサステナブルな物質です。

また、私たちがいま取り組んでいるペプチド型の界面活性剤ですが、糖やペプチドは生体の基幹的な材料でもありますから、サステナブルな界面活性剤であると同時に、まだまだ解明されていないたくさんの機能があります。そういったバイオサーファクタント(天然界面活性剤)は今後ますます注目されていくと思います。

─ 井村さんが、バイオサーファクタントの中でも、とくに環状ペプチド型に注目されたきっかけはなんだったのでしょうか。

井村先生:
2009年から2011年まで、米スクリプス研究所のレザ・ガジリ(Reza Ghadiri)先生の研究室に留学したのですが、そこで本格的にペプチド合成/ペプチド化学の研究をはじめました。環状ペプチドがチューブ状に集まって生体膜のイオンチャンネルとして働くという研究で非常に有名になった研究室です。生理活性的に、直鎖のペプチドよりも環状の方が酵素に結合しやすいので、次世代のペプチド医薬品としても注目されていました。

ガジリ研究室では、脂質を包接した粒子を医薬品にしようとしており、内側にリン脂質を取り込む機能を持った高密度リポタンパク質(HDL)を人工的につくるプロジェクトを手掛けていました。

このHDLの主要部分であり、リン脂質をとらえて運ぶ機能を発現させるタンパク質は243残基もあり、固相合成ではとてもつくることはできません。そこで、23残基のペプチドをつくって、それをネイティブケミカルライゲーション(NCL)という方法で連結させます。ガジリ研究室時代は、他社製のペプチド合成装置を使って23残基のペプチドを合成していました。

産業総合研究所
ご使用いただいているSyro I

─ 分野を超えて、環状ペプチドが注目されているのですね。

井村先生:
そうですね。環状ペプチドはバイオや医薬の分野での研究が主体ですので、その表面張力を測るとか、界面活性を測るとかいう発想は今までありませんでしたし、まして洗剤としての可能性に注目する研究者はほとんどいませんでした。

しかし、そういう目で見たとき、“かたち”がユニークな環状ペプチドはとても魅力的です。環状ペプチドはこれからどんどん注目されると思いますが、これがさらにパラレル合成で大量につくることができるようになればさらに今までと違った視点からの研究にもチャレンジできます。

環状ペプチドは微生物でつくる方法もありますが、化学合成の利点としてはアミノ酸配列の制御がしやすいことがあげられます。例えば分子構造のどの部分が表面張力に影響するかなど、作用を詳細に考察する際には、化学的に配列を自由に変更できることは非常に重要です。環を構成するアミノ酸残基のどういう配列が良いのか、実際に合成して試そうと導入したのがSyro Iだというわけです。

◆豊富な導入実績がSyro I選定の理由

産業総合研究所─ ご導入の際、Syro Iをご選択いただいたポイントについて教えてください。

井村先生:
私自身は実験科学者で、ある意味リアリストで事実を重要視しますから、装置の導入に当たっては、その装置がどれくらい出ていて、ちゃんと動いているのかどうかがとても気になります。ですから、Syro Iに関しても、世界の導入実績が豊富であることが第1の選定理由でした。

もちろん、ハード面のスペックも比較しました。それから、使うのは人間ですから、デザインや使い勝手も重要な要素です。ソフトの見やすさ、使いやすさも魅力的でした。

さらに、運用段階のことを考えると、サポートスタッフが優秀であることも大きなポイントになるでしょうね。研究者の立場からすると、装置メーカーさんは研究のパートナーであるともいえますので、こちらからいろいろな要望を申し上げることもありますし、その意味でもやはり信頼できるメーカーさんと組みたいと思いました。

◆強力な界面活性を持つペプチドをSyro Iで合成

産業総合研究所─ ご評価いただきありがとうございます。それで、Syro Iはどのようにお役にたてていますか。

井村先生:
活性が強くあらわれる配列の探索にSyro Iが役立っています。パラレルで合成できるので、様々な条件のペプチドを合成する必要のある私たちにとっては、非常に有り難い装置でした。

実際にSyro Iを使用して行った仕事が、昨年論文※1にもなりました。その研究で合成しているのは人工HDLと同様にリン脂質を巻き込むことができる界面活性を持つヘリカルペプチドなのですが、それをSyro Iで探索、合成を行ないました。

一般的には、HDL粒子はつくるのに何日もかかるのですが、この論文のポイントはペプチドの界面活性が強力なためにわずか30分ほどで脂質を包接した粒子を形成できるということです。このペプチド型界面活性剤を添加すると、水の表面張力が下がります。低濃度で下がれるものほど、より少ない量で粒子をつくることができます。

産業総合研究所─ お聞きすると、株式会社カネカとの共同研究で7月末にプレス発表されたお話しとよく似ていますね。

井村先生:
ペプチドの界面活性を引き出すという点では、同じといえます。固相合成ではなく、微生物の発酵技術でつくりだした環状ペプチドで界面 活性効果を確認したというのがその発表内容です。

これは、カネカさんにてすでに量産技術を確立されていて、高級化粧品原料などとして供給されているようなのですが、今回は新たに洗剤としての用途展開に道をつけたということです。

この内容は、環状ペプチドを添加することで、合成界面活性剤を100分の1に減らしても、同等の界面活性を維持できるというものです。洗剤など身近に感じやすい研究成果が得られたので、たくさんのメディアに取り上げていただきました(笑)。

環状ペプチドについては、産総研の立場としては、医薬品の世界よりも、ファインケミカルや化粧品、洗剤など、より低コストで一般的にたくさんの人に使ってもらえるような産業的な用途への応用を目指したいと考えています。そのための重要な研究ツールが固相合成の技術であり、Syro Iであるといえると思います。

─ では、実際にSyro Iを使ってみて、その使用感はいかがでしょうか。

井村先生:
そうですね、2011年から利用していますが、安定して動いています。装置の大きな問題はほとんど起きていません。化学的な合成なので制御しやすいですし、いろいろな配列を組み立てられるので便利です。ソフトもいいし、サポートも親切で大変感謝してます。

◆環状ペプチドをパラレル合成できることが理想

産業総合研究所─ ご満足いただけているようで光栄です。最後に、ご要望などはございますか。

井村先生:
環状ペプチドをパラレルで合成できればありがたいですね。Syro Iでできなくはないのでしょうが、環化反応の設定が非常にたいへんで、現状では難しいです。理想をいえば、たとえば全く違う分野の研究者が使ってもできるくらいだとよいのですが…… 。

─ バイオタージには、全自動マイクロウェーブペプチド合成装置「Initiator+ Alstra」がございます。Initiator+ AlstraのソフトウェアにはBranch機能があり、この機能で環化のメソッドを画面上で視覚的に作成できるので、環状ペプチドの作成はぐっと楽になると思います。

産業総合研究所
全自動マイクロウェーブペプチド合成装置 Initiator + Alstraと 環化メソッド作成画面

井村先生:
その点は重要ですね。ソフトの使い勝手が良いと、いろいろなアイデアが飛び出してきて、積極的に試してみようという気持ちになりますので、環状ペプチドの可能性がさらに大きく広がるかもしれません。

先ほども述べましたが、それがパラレル合成できるようになれば世界が変わります。ペプチドに限らず、環化反応は技術的にいま最もホットなテーマの1つですから、これからの進歩に期待したいです。

─ 環化をターゲットにした合成装置ですね。ぜひ今後の装置開発の参考にさせて頂きます。本日は貴重なご意見もいただき、ありがとうございました。

記事掲載日:2014年12月18日
PDFファイルダウンロード(644KB)

導入製品

『全自動パラレルペプチド合成装置
Syro I 』

URL: https://www.biotage.co.jp/products_top/peptide-synthesis-purification/syro1/

全自動パラレルペプチド合成装置 Syro I固相法を利用した全自動パラレル合成装置で、1検体から96検体(Tip)までの複数検体のペプチド合成が可能です。シリンジポンプを用いた試薬の分注、ボルテックス攪拌、バキューム排出を自動で行い、目的のペプチドを効率良く合成します。

導入機関

独立行政法人産業技術総合研究所

URL: http://www.aist.go.jp/

産業総合研究所独立行政法人産業技術総合研究所は、環境・エネルギー、ライフサイエンス、情報通信・エレクトロニクス、ナノテクノロジー・材料・製造、計測・計量標準、地質という多様な6分野の研究を行う我が国最大級の公的研究機関です。その歴史は、明治15年(1882年)に設立された農商務省地質調査所にさかのぼりますが、旧通商産業省工業技術院の15 研究所と計量教習所が統合・再編され平成13年(2001年)4月に現在の組織になりました。2200名以上の研究者が、組織・人材・制度を集積する「オープンイノベーションハブ」構想の基に、産業界、大学、行政との有機的連携を行い、研究開発からイノベーションへと展開しています。

創立:2001年4月1日
従業員数:2255名
2013年度決算額:収入940億3600万円、支出1024億5200万円